山梨・北杜市原産ホップ「かいこがね」とクラフトビールの未来

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

2018年8月初旬、山梨県北杜市を訪ね、ビールの主な原材料となるホップの収穫を取材させていただきました。ホップ品種「かいこがね甲斐黄金)」の収穫風景、それを“生ホップ”として使うブルワリー、そして北杜市におけるホップ栽培の現状をレポートします。

 


国産ホップ品種登録の先駆け

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

八ヶ岳を南麓から仰ぎ見る北杜市大泉町の圃場。標高800m前後の高地ですが、当日は30℃を大きく超える猛暑下での作業に。

アサ科多年草に分類される蔓(つる)性植物のホップ(和名:セイヨウカラハナソウ)は、ビールの主な原材料として製品に苦みと香りを与え、その香味を大きく左右することから“ビールの魂”とも呼ばれます。

近年のクラフトビール、とりわけペールエールIPAインディアペールエール)等、その特徴が出やすいビアスタイル(ビールの種類)の隆盛を通じて、ホップは以前にも増して注目を集めるようになってきました。

また、ホップには雑菌の繁殖を抑え、ビールの泡立ちを良くする役割もあるほか、近年はその苦味成分「イソα酸」による認知機能の改善効果を指摘する研究報告もなされています。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

JR長坂駅近くに建てられていた「ホップ栽培発祥の地」を謳う記念碑。裏には県内ホップ産業の来し方も刻まれていました。

そんなホップですが、現在日本で使われる製品の90%以上は輸入品で、かつ、10%未満となる国産品の95%以上は東北産()。ビールファンも、ホップ産地というと東北や北海道をイメージする方が多いのではないでしょうか。

※ 財務省貿易統計、農林水産省東北農政局及び全国ホップ農業協同組合連合会の資料から概算

でも、実は山梨県や長野県といった東京以西でも、その生育に適しているとされる冷涼かつ日照時間の長い高地で、かつてはホップ栽培が盛んでした。本記事の舞台になる山梨県北杜市もそのひとつです。

山梨でホップの商業栽培がはじまったのは、旧長坂町(現北杜市長坂町)の農業組合が麒麟麦酒との栽培契約を結んだ1930年代後半。以降、半世紀以上にわたり県内各地で、全盛期には800戸もの農家がホップ栽培を営んでいたそうです。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

「かいこがね」の毬花(まりはな)。花弁のような部分が外側へ開いていて、毬花の原義となる「手まり」とは少し違う印象も。

そんななか、1957年(昭和32年)、麒麟麦酒が改良したホップ品種「キリン2号」の圃場で、収穫前の一時期、あちこちの葉が美しい黄金(こがね)に色づいた突然変異体が発見されました。

見出されたそのホップは「かいこがね」と名付けられ、改良を加えられながら、やがて1980年(昭和55年)、農林水産省に品種登録された国産ホップの第1号になります。

 

種を守り、後世につなぎたい

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

ひとりで北杜市の「かいこがね」栽培を守ってきた浅川さん。義父は「かいこがね」の発見と改良にたずさわっていた方でした。

しかし、他方では安価で高品質な輸入ホップにシェアを奪われる形で、国内ホップ生産量は1977年(昭和52年)の2287トン()をピークに縮小し続けていきます。

※ 全国ホップ農業協同組合連合会の資料から

その状況は北杜市とて例外でなく、1993年には麒麟麦酒との栽培契約も終了。地域の農家すべてが商業栽培からの撤退を余儀なくされ、一時期は北杜市からホップ栽培そのものが完全に潰えてしまう寸前となっていました。

そんな状況でも20年以上ホップ栽培を続けていたのが、今回取材させていただいた北杜市大泉町の浅川定良(あさかわ・ていりょう)さんです。「種を守り、後世につなぎたい」との思いで、浅川さんは麒麟麦酒との契約終了後も北杜市でたったひとり、売上につなげることができずとも「かいこがね」の栽培を続けていました。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

サンクトガーレン岩本社長(左)と浅川さん(右)。ホップの蔓には棘があるので、皆さん、暑くても作業中は長袖です。

その潮目が変わったのは2012年。浅川さんのことを知ったサンクトガーレン(神奈川県厚木市)の岩本伸久(いわもと・のぶひさ)社長が、「ぜひホップを使わせて欲しい」と全量買い取りを打診することに。

以降、サンクトガーレンはそのホップを自社クラフトビールに使用する一方、毎年夏には北杜市を訪れ、浅川さんとともに収穫作業を行うようになりました。では、そのホップはどのように使われるのでしょうか。

一般的なビール醸造ではペレット状に圧縮加工したホップ製品を使います。「ホールリーフ」と呼ばれる毬花の原型を留めたもの()でも、保存のために乾燥させた製品を使うことがほとんど。

※ 厳密には毬花をむしって、芯の部分にある「ルプリン」という、苦味や香りの元となる樹脂を染み出しやすくします。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

今年のホップは同ブルワリーのファンにお馴染みの「YOKOHAMA XPA」でなく、生ホップ仕様の新しいIPAに投入予定とのこと。

しかし、今回収穫したホップは正真正銘の「生ホップ」として使用します。加工も乾燥も冷凍保存もしません。まさに“生野菜状態”で、まずは苦味づけのために煮沸釜へ投入します。

それを可能にするのはホップの鮮度。そこで、サンクトガーレンは4アールの畑から今回収穫した計100kgのホップを収穫当日に厚木の醸造所へ持ち帰り、翌日にその半分を煮沸釜へ投入するという高速スケジュールで仕込みを行いました。

 

クリアでノーブルな香り

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

収穫したホップの残り半分は、熟成中のビールを循環させ香りを効果的に付与する「ホップニック」(右・写真はサンクトガーレン提供)へ投入。

「かいこがね」は、苦味づけのビタリングホップとしても香りづけのアロマホップとしても使われる品種で、そのキャラクターは一言で表現すると「ノーブル」(岩本社長)。

毬花を割って、苦みや香りの元となるルプリンという樹脂に鼻を近づけると、樽生のペールエールやIPAが注がれたグラスへ顔を近づけた刹那に感じるような、クリアで上品な柑橘香が立ちあがるのを感じます。

ただ、私たちが(できあがったビールの状態で)普段香りを楽しんでいるカスケードモザイク等、よく耳にする米国産ホップと比べると、エッジの効いた柑橘というよりはフローラルな香りのほうが支配的という印象でした。

また、生ホップだからでしょうか、わずかに鼻の奥をくすぐる、若草を思わせるスパイシーな香りも感じられました。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

視界を覆い尽くす毬花群の圧倒的な密度。収穫時には葉の色も黄金からグリーンに戻っていました。

香味以外の特徴はどうかというと、品種としては親戚にあたる「信州早生(しんしゅうわせ)」が高さ5m前後にまで蔓を伸ばすのに対し、「かいこがね」は4~4.5m前後と若干低め。また、毬花は小ぶりです。

ただ、他のホップ品種と収穫時の蔓を見比べてみると、まるで“毬花のカーテン”と表現したくなるほど毬花の数が多いことに驚きます。「毬花をつける茎の(縦の)間隔が他の品種より狭い」(浅川さん)ためだそうです。

ホップ製品としてのキャラクターに加えて、そうした取れ高(生産性)や蔓の低さによる作業性の高さまで考えると、品種としての「かいこがね」は非常に優秀であるように思いました。

 

蔓ごと持ち帰り機械ですばやく摘果!

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

作業区画ごとに網(右写真下の青い部分)を事前に敷いておいて、蔓を落とす際、あちこちにこぼれる毬花を最後にまとめて回収。

さて、話を今回の収穫に戻しますが、その方法は当サイト編集部の想像とだいぶ違っていました。ひとり一人がカゴを腰に結わえ、ときには脚立も使いつつ、ミニトマトのように手作業で毬花を1つずつ摘むのではないんですね。

浅川さんの圃場では蔓を丸ごと作業場へ持ち帰ってから摘果していました。まずは長い鎌で蔓の先端が巻き付いている糸を切ったのち、ときには力強く引っ張ったり揺らしたりして、蔓を“ちぎって”地面に落とすという手順になります。

ただ、まとめて持ち帰っても、そこから手作業で摘果をすると大変な時間と労力がかかります。特に、今回のように計100kgにもおよぶホップを収穫当日にすべて摘果するのは、(作業人数にもよりもますが)基本的には難しいそう。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

蔓ごと摘果機に投入(左)。摘果機が処理しきれない葉や茎は手作業でていねいに取り除きます(右)。

しかし、なんと今回は、同じ北杜市内で2016年に運営をスタートさせたホップ農場「小林ホップ農園」が所有する、専用の摘果機を使わせていただけることになっていました。

そこで摘果機に投入されたホップは、毬花だけが引っかかるような突起が付いたローラー部を通るなどして、正面のベルトコンベアに落ちる毬花と、背面等から吐出される茎や葉に分けられます。

もちろん機械だけで毬花を100%選別することはできませんし、吐出された茎にも毬花が残っていたりするので、それもかき集めて再び摘果機に投入する等、一定の手作業は必要です。ただ、それでも収穫当日の昼過ぎには100kgの生ホップがすべて摘果され、サンクトガーレンの醸造所がある神奈川県厚木市へ運ばれていきました。

 


分けられた株と、つながったバトン

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

小林さんと、黄金に色づく収穫前の「かいこがね」(右)。同じ圃場内の他品種とはっきり色が違うと、遠目にも分かりました。

設備や作業をサポートしてくださったのは、「小林ホップ農園」を運営する埼玉県出身の小林吉倫(こばやし・よしとも)さん。現時点で関東甲信越最大級となる、およそ1.5ヘクタールもの作付面積でホップを栽培しています。

実は小林さん、これまた同じ北杜市内で今年誕生したブルワリー「うちゅうブルーイング」と同様、浅川さんから「かいこがね」の「株分け」()を受けた方でした。

※ 新しい蔓を増やすために根を切り分けること。

ホップの株と栽培ノウハウを、「種を守り、後世につなぐ」意思とともに受け継いだ小林さん。現在は、日本原産の「かいこがね」「信州早生」のほか、海外原産の「カスケード」「センテニアル」「ザーツ」等、計25品種(!)ものホップを栽培中です。今年は超希少品種の「ソラチエース」栽培にも成功したとのこと。

 

ホップ「かいこがね(甲斐黄金)」の収穫

種を守ってきた浅川さん(左)と受け継いだ小林さん(右)。北杜市ホップ栽培再興への道のりはこれからが本番です。

浅川さんから、小林ホップ農園とうちゅうブルーイングへ。

国産ホップ品種登録の先駆けとなった「かいこがね」は、国産クラフトビール醸造の先駆けでもあるサンクトガーレンの支えを受けながら、ひとまずは生まれ故郷でバトンリレーがなされました。

長く苦しい時代を経て、ようやく再興の兆しを見せてきた北杜市のホップ栽培。今は「梨北米」というコシヒカリの棚田があちこちに広がる北杜市ですが、目にも美しいその丘陵地がいつかホップの蔓で再び満たされる日は来るでしょうか。

いずれにせよ、こうした地域に根付くホップ栽培とともに、目下、持続的な事業モデルの構築を目指している方々の取り組みは、機会があれば改めてレポートしたいと考えています。

取材協力
・サンクトガーレン有限会社(公式Webサイト
・浅川定良様
・小林ホップ農園(公式Webサイト

 

 

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